大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 平成10年(行コ)5号 判決

控訴人

廣田孝之

右訴訟代理人弁護士

高村是懿

被控訴人

広島西税務署長 國原四郎

右指定代理人

勝山浩嗣

小笠原建治

清水茂

武本俊夫

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一申立

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が平成四年一月三一日にした次の各処分を取り消す。

(一) 控訴人の昭和六三年分の所得税に対する更正のうち、事業所得金額六三五万円、納付すべき税額六六万八〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

(二) 控訴人の平成元年分の所得税に対する更正のうち、事業所得金額六四五万円、納付すべき税額六二万一〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

(三) 控訴人の平成二年分の所得税に対する更正のうち、事業所得金額六七五万円、納付すべき税額六八万七六〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二主張

原判決を一のとおり補正し、推計課税の合理性についての当事者の主張を二、三のとおり補足するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の補正

1  原判決別表四の(注)のうち「〈1〉は別表二の一ないし二の三を、〈2〉は別表三の一ないし三の三をそれぞれ参照。」を削除する。

2  原判決一九頁九行目の「五・七三パーセント(」の次に「正しい計算では六・一三パーセント、」を加える。

二  控訴人の主張

1  推計課税の合理性については、課税庁である被控訴人が主張立証責任を負っているから、納税者である控訴人は、被控訴人の推計の合理性に疑問を抱かせる一応の主張立証をすれば足りるのであり、「納税義務者は自己に有利な他の合理的な推計の存在を主張して推計課税処分を争う場合、その推計方法に税務当局の採用した推計方法を上回る合理性があることを主張立証すべきである」との原判決の見解は誤りである。

2  本人比率法は、同業者比率法に比して納税者個人の個別的事情が配慮されているから、本人の業種、業態に変更のない場合には、一般的にみて同業者比率法よりも合理的な推計方法というべきであり、このことは、本人の記帳計算の正確性とは無関係である。

なぜなら、推計課税が許される理由は、白色申告にかかる納税者については、青色申告にかかる納税者と異なり、帳簿書類が整備されていないか又は正確でないため実額課税をなしえないところに存在するのであり、本人の記帳計算が正確な場合には、推計課税そのものが許されないから、「本人比率の基準値となる課税実績が帳簿書類ないし伝票類等原始資料に基づいていることが、本人比率法を採用する前提となる」との原判決の見解は、本人比率法の要件を不当に加重するものである。

即ち、本人比率法は、納税者の申告にかかる課税額を、帳簿書類等による裏付けを必要とすることなくそれ自体として正しいものであるとの前提に立って、基準値とする方法に他ならない。

3  本件における以下の諸事情からしても、本件では本人比率法の方が同業者比率法よりもより実額近似値を得られる合理的な推計方法といえる。

(一) 本件比準年度(昭和五七年分ないし昭和六二年分)の控訴人の所得については、控訴人と被控訴人担当職員との間で合意に達した収入金額及び所得率をもって原判決別表六記載のとおり修正申告が行われたから、この所得は被控訴人も承認した正確なものである。

(二) 本件係争各年後(平成三年分ないし平成九年分)の控訴人の所得については、控訴人の申告どおりに確定しているが、その所得率は四・九七パーセントないし六・五五パーセントであって(甲三三の2)、本件比準年度の控訴人の所得率とほぼ一致している。

(三) 控訴人は、十数社の工務店から継続的に仕事を請け負う下請の左官業であり、収入金額(請負代金)から「手間代」と「材料代」を差し引いたものが粗利益となり、これから福利厚生費、交際費、地代・家賃、保険料、消耗品費等を差し引いたものが純利益(所得)となるところ、粗利益は一五パーセント前後にとどまることも珍しくなかったから(甲三三ないし三六の各1)、本件比準年度の控訴人の所得率は相当なものである。

(四) 被控訴人の採用した同業者比率法による推計を前提とすると、控訴人は、本件比準年度と対比して収入金額がほぼ同じであるのに所得のみが約三倍に急増したことになるが、そのようなことは控訴人の業態に照らしてあり得ない。

また、控訴人の所得が約三倍に急増したのであれば、それに見合う資産の増加(ないし負債の減少)が生じるはずであるところ、実際には本件係争各年分の控訴人の借入金、預金、動産、不動産には本件比準年度と対比して見るべき変化は存在しない。

仮に推計方法の選択が合理的であったとしても、そこから算出された推計結果が納税者の生活実体からかけ離れたものである場合には、実額近似の原則に違反するものとして、推計の合理性は否定されるべきである。

三  被控訴人の主張

1  推計課税の合理性について課税庁である被控訴人が主張立証責任を負っていることは控訴人主張のとおりであるが、課税庁主張の推計方法と納税者主張の推計方法のいずれが合理的であるかは、いずれの方法によるのが納税者の所得の実額に近い数字が出るかによって決すべきであるから、課税庁が課税庁主張の推計方法に合理性があることを主張立証した場合には、納税者において、納税者主張の推計方法に課税庁主張の推計方法を上回る合理性があることを合理的疑いを入れない程度に証明すべきである。

2  本人比率法に合理性が認められる根拠となるのは、実額近似値を得られることにあるから、数値の正確性が担保されていること、即ち本人比率の基準値となる課税実績が帳簿書類ないし伝票類等原始資料に基づいていることが、その前提となることは明らかである。

控訴人は、右の前提が存在する場合には推計課税そのものが許されないから、右の前提を設けることは本人比率法の要件を不当に加重するものであると主張するが、〈1〉申告納税制度は、青色申告であると白色申告であるとを問わず、正規の簿記の原則に照らして客観的な取引事実に則して正確に記帳計算がなされることを予定していること、〈2〉青色申告制度は、課税処分における一定の手続保障をしているという税務上の制度であって、納税者が帳簿書類を完備し、正規の簿記の原則に照らし客観的な取引事実に則して正確に記帳していても、その納税者は必ず青色申告をしなければならないとするものではないこと、〈3〉推計課税は、帳簿書類が不備である場合のみならず、帳簿書類が完備されていても税務調査において帳簿書類を提示しないなど調査に協力しない場合においても許されること、以上の諸点に照らし、控訴人の主張は失当である。

3(一)  所得は、納税者の客観的な取引事実に即し、法律によって定められた方法によって計算するのであって、納税者と担当職員との交渉によって定まるものではない。

本件比準年度の控訴人の所得については、控訴人の提示した資料及び被控訴人が反面調査等により確認し得た限りの収入金額をもって所得を算定し、控訴人の修正申告によって確定したものであるところ、税務調査によって把握しうる範囲には自ずと限度があるから、税務調査で把握し得た控訴人の収入金額は、あくまでもその額を下回らない収入金額があったというにすぎないものであり(このことは、原判決別表九のとおり本件比準年度の控訴人自認売上金額が同年度の控訴人の修正申告時の収入金額を上回っていることからも裏付けられる。)、しかも、右所得については、原判決別表六のとおり経費の一部を同業者比率で推計したものであるから、右所得が控訴人の真実の所得であるとはいえない。結局、控訴人の主張する本件比準年度の控訴人の所得率は実質的には同業者比率にすぎないところ、同業者比率を用いるのであれば、本件係争各年と経済情勢を異にする本件比準年度の同業者比率よりも、本件係争各年の同業者比率を用いた方がより合理的であることは明らかである。

(二)  本件係争各年度(平成三年分ないし平成九年分)の控訴人の所得についても、当該各年分の課税実績が正規の帳簿書類ないし伝票類等原始資料に基づいて所得金額を算出したものであるとの立証はなされていないので、右所得が控訴人の真実の所得であるとはいえない。

(三)  控訴人は、控訴人の粗利益率が一五パーセント前後であることを前提として、本件比準年度の控訴人の所得率の合理性を主張するが、控訴人の提出した粗利益についての書証は、〈1〉帳簿書類の一部にすぎないこと、〈2〉収入金額については、請求書控え、領収書控え等の提出がなく、工事金額が確認できないこと、〈3〉費用についても、その支払の事実を裏付ける請求書、領収書等の提出がなく、その支出の内容が確認できないこと、〈4〉書証自体も、内容に不備があること等の理由により、信用性に欠けるものである。

(四)  納税者が納付すべき税額は、従前の調査の経過や結果に拘束されることなく客観的な合理性の下に算定されるものであるから、同業者比率法による推計の結果として、本件係争各年の控訴人の所得が本件比準年度の三倍を超えていても、本件係争各年の算定方法に客観的な合理性が認められる限りその算定方法に従って課税されるべきものである。

そして、〈1〉被控訴人の採用した同業者比率法による推計には合理性があること、〈2〉本件比準年度の控訴人の所得は真実の所得であるとはいえないこと、〈3〉本件係争各年は、バブルと呼ばれた非常な好景気の時期を含み、控訴人の業界を取り巻く経済状況も、年々変動していたと考えられること、〈4〉控訴人の資産の増加(ないし負債の減少)の有無は、正規の簿記の原則に従って記帳された場合に初めて確認される事柄であるから、実額計算すらできない本件において資産の増加(ないし負債の減少)を正確に指摘することは不可能であること、以上の諸点に照らすと、本件係争各年の控訴人の所得が本件比準年度の三倍を超えていることや本件係争各年における控訴人の資産及び負債の変動状況は、同業者比率法による推計の合理性を否定する事情とはなり得ない。

第三証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないから棄却すべきものと判断する。

その理由は、次のとおり控訴人の主張に対する判断を補足するほか、原判決の理由説示のとおり(ただし、原判決三〇頁九行目の「平成九年一月二七日」を「平成四年一月二七日」と訂正する。)であるから、是を引用する。

1  控訴人の主張1について

推計課税の合理性については、課税庁である被控訴人が主張立証責任を負うものであるが、所得の推計は、当該事案において得られた限られた資料を基礎として実額に近似する所得を推測する算出方法であるから、その性質上絶対的な合理性を要求することはできず、一応の合理性が認められれば足りる。そして、課税庁が採用した推計方法に一応の合理性が認められた場合には、納税義務者において、他の推計方法による方が実額により近似することを証明しない限りは、課税庁の推計方法の合理性を肯定しうると解するのが相当である。

よって、控訴人の主張1は理由がない。

2  控訴人の主張2について

(一)  本人比率法は、その納税者本人の一定期間の実績による比率を推計の基準として用いるものであるから、右比率の算定の基礎となる各年分の所得金額が客観的な取引事実に照らして正確に算定されたものであること、即ち本人比率の基準値となる課税実績が帳簿書類ないし伝票類等原始資料に基づいていることを要するものと解すべきである。

(二)  これに対し、控訴人は、推計課税が許される理由は、白色申告にかかる納税者については、青色申告にかかる納税者と異なり、帳簿書類が整備されていないか又は正確でないため実額課税をなしえないところに存在するのであり、本人の記帳計算が正確な場合には、推計課税そのものが許されないから、記帳計算の正確性を本人比率法の要件とするのは不当である旨主張する。

しかし、所得税法によれば、所得税は当該年の各種所得の合計金額から売上原価等の必要経費を控除した所得金額を課税標準として所得実額に課税されるものであるところ(同法二二条、二六条及び三七条)、同法は、申告納税制度を採用し、納税者に対して課税標準を正確に申告することを義務づけているから、納税者は、事業に関する日常の取引実績に裏付けられた課税標準及び税額を計算して申告しなければならないのであって、このこと自体は納税者が青色申告者かどうかにかかわらないものである。

また、本人比率が正確かどうかは、比準年における記帳計算が正確になされたかどうかによって決せられるのに対し、推計課税の要否は、当該係争年における記帳計算が正確になされたかどうか(及び納税者が税務調査に協力したかどうか)によって決せられるものである。

したがって、比準年における記帳計算の正確性を本人比率法の要件とすることは、白色申告の制度趣旨に反するものではなく、推計課税の要件との関係で不当なものであるともいえない。

(三)  本人比率法が推計方法として合理性を有するためには、一定期間の実績が正確であることを前提とするものであり、この前提が認められない限り、本人比率法が同業者比率法に比べより合理的であるとは到底いえない。

(四)  以上によれば、控訴人の主張2は理由がない。

3  控訴人の主張3について

(一)  本件比準年度のうち、昭和五七年分から昭和五九年分の控訴人の所得については、控訴人から提出された収入金額の一覧表と税務署の反面調査により算定され、一般経費については同業者の経費率による推計がなされたものであり、昭和六〇年分から昭和六二年分の控訴人の所得についても、収入金額は、すべて税務署の反面調査により算定され、一般経費、給料賃金、外注費については同業者の経費率による推計がなされたものである。

右によれば、本件比準年度における控訴人の収入金額は、いずれも帳簿書類ないし伝票等原始資料に基づくものではないところ、税務調査によって把握しうる範囲には自ずと限度があるから、前記各収入金額は、被控訴人がその額を下回らない収入金額が控訴人にあったことを認めたものにすぎず、控訴人の真実の収入金額が前記収入金額を上回らないことまで確定されたことにはならない(このことは、原判決別表九のとおり本件比準年度の控訴人自認売上金額が同年度の控訴人の修正申告時の収入金額を上回っていることからも裏付けられる。なお、控訴人は、この差異は発生主義と現金主義による計算の違いによるものであると主張するが、この多額な金額の差異の発生について具体的に説明していないので、この主張は採用できない。)。

このことと、本件比準年度の経費の一部が同業者比率で推計されていることを併せると、本件比準年度の控訴人の所得が控訴人の真実の所得であると認めることはできない。

(二)  甲三三の2、当審の控訴人本人尋問の結果によれば、本件係争各年後(平成三年分ないし平成九年分)の控訴人の所得については、税務調査はなされず、控訴人の申告どおり確定したこと、この間の所得率は本件比準年度の控訴人の所得率と概ね同程度であることが認められるが、右期間の課税実績が正規の帳簿書類ないし伝票類等原始資料に基づくものであることの証拠はないから、右事実は、被控訴人が右申告額を下回らない所得が控訴人にあったことを認めたものにすぎず、控訴人の真実の所得が右申告額を上回らないことまで確定されたことにはならない。

したがって、この間の所得率が本件比準年度の控訴人の所得率と概ね同程度であるからといって、本件比準年度の控訴人の所得率が正確であるとはいえない。

(三)  控訴人は、控訴人の粗利益率が一五パーセント前後であることを前提として、本件比準年度の控訴人の所得率の合理性を主張するが、仮に控訴人の粗利益率が一五パーセント前後であるとしても、そのことのみでは本件比準年度における控訴人の真実の所得を明らかにするものではなく、また、右主張にそう書証についても、被控訴人が指摘するとおりその信用性に疑問があって採用できない。

(四)  推計課税は、課税庁において所得の実額が把握できない場合に行われるものであり、推計の合理性が立証されれば、納税者の真実の所得の如何にかかわりなく当該課税処分は適法なものとなり、納税者は、真実の所得が推計によって算出された所得を下回る事実を主張立証する(実額反証)か、より合理性のある推計方法の存在を主張立証することにより、当該課税処分の適法性を覆すことができるにすぎない。

これを本件についてみると、本件比準年度の控訴人の所得は、前記のとおり控訴人の真実の所得とは認められないから、本件比準年度の控訴人の所得率と本件係争各年の同業者比率との間に差異があることは、同業者比率法による推計の合理性を左右するものではなく、また、控訴人が指摘する本件係争年における控訴人の資産及び負債の変動状況についても、被控訴人指摘の問題点があり、同様に同業者比率法による推計の合理性を左右するものではない。

(五)  以上によれば、控訴人の主張3は理由がない。

二  結論

よって、右と同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉岡浩 裁判官 野々上友之 裁判官 太田雅也)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例